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錺(かざり)職人列伝第2章⇒古き良き時代のヨコハマ元町では・・・

前回の馬ジュエリーの店長日記読書をご覧になられたお二方のお客様より早速にお言葉をいただき、当日記を皆さん楽しくご覧いただいていることを改めて実感し嬉しく思っております。
また、そう考えると店長日記開始当初の四名のお客様からお叱りを受けました更新の件、毎回新しい内容を楽しみにページをクリックしていただいていた方々に本当に申し訳ないことをしてしまった…とこちらも改めて反省しきりでございます。
(お叱り事件の詳細は、ページ再下段の 1/9PAGES >> マークより、店長日記第2回目(2009/4/12)をご覧下さい)
さて、当店を支えていただいています沢山の裏方さんのお一方を今回もご紹介させていただきます。
当社現社長が若かりしころ、当時は伊勢佐木町と並び港町ヨコハマ船を代表する元町商店街では、終戦後からしばらくは主に山手地区に居住する米国進駐軍の上級士官のご家族を中心とするお客様方にもご利用いただていたようです。
当社社長自身も本牧PX(米軍売店)や座間キャンプへの銀製品などを大量に日々納品に出向き、当時は真珠製品と銀製品が主力販売品だったようです。
社長曰わく、大将クラスをはじめとする古き良きアメリカの上流階級の方々の生活信条や子供の躾の厳しさは、まさしくカルチャーショックをうけるぐらいに感心し、素敵でスマートだったそうです。
当時の元町商店街はある意味ちょっと他には類のないぐらいにお洒落でエキゾチックな街だった様子で、私の小さい頃(東京オリンピック以前)に撮影された閉店後にご来店され貸切状態でお買い物を楽しむ当時の映画スターやスポーツ選手との店内での記念写真が何枚か残っております。
私も聞いて知ったそんな時代に、アメリカの方々に販売していた実際の品物が唯一現存しております。
◄シルバー製手作りライター
日本駐留の記念やお土産プレゼントに、それこそ飛ぶように売れたと言われる錺職人の技術の粋がつまったライターです。
日本的な彫り模様も勿論ですが、このライターの凄さは一枚の銀の板から箱物と呼ばれるライターの外側箱をすべて手作業で作られている技術力です。
現在は金型等を使ってプレスなどで箱物を作りますが、手作業で四角箱を作るとどうしても板と板の隅をピシッと直角に仕上げるのは至難の技で、勿論ピカピカに仕上げるように隅まで手をいれるためのヤスリなどの道具一つまでも工夫をして職人が自ら作っていたそうです。
いま考えれば、現在日本人が東南アジアなどでお土産を買うのに2~3万使う感覚に近いのでしょうか、当時のアメリカ人からしてみたら、こんな凄い技術がつまったライターが驚くほど安く感じたのではないでしょうか…。
余談ですが皆さんがシャーペンと呼ぶ筆記具鉛筆のシャープペンシル国産第一号(家電製品製造のSHARP創始者早川徳次氏が生み出した)の銀製の市松模様の軸もこのライターを作った錺職人が生み出したもので、現在奈良天理市にあるSHARPさんの歴史技術ホールに寄贈し大切に保管されているそうです。

▲日本をあらわす富士山と五重塔彫り模様
現在当店が販売しておりますSILVER製のオリジナルストラップやゴルフマーカーゴルフなどは、この錺職人さんのご子息にあたる方が担当していただいており、まさしく親子二代のお付き合いで長年ヤマトを支えていただいております。
このようにその時代、時代に多少の変遷はあったとしても、YAMATOでは
可能な限り長い年月を経ても陳腐化しない本物と呼ばれる品々をお納め
する努力を、お客さまには勿論のこと、当社の歴史とともにその人生をかけられた先達の方々のためにも追求して参ります・・・・

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